教員インタビュー:山田晃嗣准教授
技術による小さなステップアップが、人生に大きな影響を与えることもある
- 山田先生はもともと工学系のバックグラウンドをお持ちですが、IAMASでは主に福祉のプロジェクトに取り組まれています。まずは福祉の分野に興味を持つに至ったきっかけについてお聞きできれば思います。
2011年にIAMAS周辺の組織で立ち上げた研究会(2012年から「スマートフォン?タブレット端末の福祉分野での活用研究会」に改名)に参加したところから福祉との関わりがスタートしました。この研究会は、IAMASに寄付された100台以上のiPad2を障害者のための生活支援や教育支援に活用しようというものです。
工学部の性なのかもしれないですが、誰かの役に立つことをしたいという思いを常に持っていました。「誰か」、つまりターゲットとして、僕は目の前の人を喜ばせたいと考えていたので、前々から福祉分野には興味を持っていました。この研究会の座長を務めたことは、僕の研究の一番大きな転換点なのかもしれないですね。
- 研究会では実際にどのような活動をされたのでしょうか。
研究会のメンバーでもある情報技術研究所(当時)の方にレジアプリのプロトタイプを作っていただきました。それを特別支援学校の先生に見てもらったところ、接客で使えるものを作ってほしいという要望があったので、接客支援アプリを開発することになりました。
それまでの紙を使った接客では、知的障害を持つ生徒にとって「注文を聞く」「紙に書く」という2つのことを同時にすることが難しいとのことでした。一方タブレットアプリで接客する場合、注文を聞いて画面タップで完了できるだけでなく、タブレット上で接客に必要なセリフを全部見られるようにすることで、接客の段取りを覚えなくても対応できるようになりました。
それでも、生徒らが使えるか心配だったのですが、若い子は順応がものすごく早いし、タブレットに対する「面白そうだ」という感覚が先に来るので、先生の方が取り残されるくらいの勢いでしたね。
最初のうちは、タブレットをガン見しながら「ご注文お決まりでしょうか」と棒読みの子もいたのですが、人というのはできるようになると変わってくるもので、急激に能力を伸ばして接客対応ができていくのがよくわかりました。
例えば自閉症気味で、人と対面するのがすごく苦手だった子が、お客さんとアイコンタクトができるようになるなど、ソーシャルスキルが身に付くという想定以上の変化が生まれました。
- QOL向上にとどまらず、利用者の能力を引き出すことやモチベーションのアップにつながったというのは非常に興味深いですね。できないことができるようになるというのは、あらゆる人にとってすごく力になるのだと感じました。
特に特別支援学校の生徒は、親や先生など周りの人もできないと思っていたし、自分自身もできないと考えていたため、やってみようとすら思わなかった。タブレットなら興味を持ち、ちょっとやってみようかという気持ちになる。実際にやってみたら「できたじゃん!」って、本人はもうドヤ顔でした。
僕たちが手伝ったのはほんの小さなステップアップなのですが、その後の生徒らにとっては初めての景色を見るという新たな体験をし、「こんなに広がっているんだ。僕らはここに来れたんだ。」と感じられる。山に登ったことがない子にとっては、山頂からの景色は想像すらできないし、その先には行けないとあきらめてしまっていたけれど、タブレットなどの技術をうまく使えば、別ルートで山を登って新しい景色を見渡すことができ、次へ進む大きな経験とすることができる。この接客支援アプリというところから始まって、本人の人生に大きな影響を与えていると感じました。
- まさに「誰かの役に立つものづくり」ですね。その研究会を発展させる形で、2014年からは「福祉の技術プロジェクト」がスタートします。今年で6年目と長いプロジェクトになっていますね。
昨年度から第2シーズンに入りました。福祉は人の生活にもかなり密着しないと分からないことも多いので、長いスパンで取り組んでいきたいと考えています。
「福祉の技術プロジェクト」では広い意味での福祉をテーマに、タブレットやICTに限らず、例えば段差を平らにするなどローテクでも構わないので、技術的な要素で解決や提案をできないかと日々活動しています。
学生が主体のプロジェクトで、これまでに卒業生で、現IAMASプロジェクト研究補助員の篠田幸雄さんの「教材自作部」や湯澤大樹さんの「オープン?ハンドサイクル」など、メンバーそれぞれが興味のあるテーマに取り組んできました。
- 2017年には岐阜県美術館で開催された「アートまるケット」に参加し、岐阜本巣特別支援学校との「café 和?なごみ? 県美branch」、大垣特別支援学校とのスタンプラリー、岐阜盲学校のバンド「THE STARLIGHT CLUB BAND」による演奏、池田町の「ふれ愛の家」とのパフォーマンス「やさい de ミュージック?」を行いました。それぞれどのような内容だったか簡単にご紹介いただけますか。
岐阜本巣特別支援学校のカフェは、先ほど紹介した接客アプリを使って学内で行っている喫茶サービスです。そのカフェをそのまま美術館に出店してもらいました。学外で行うのは初めてだったのですが、学校の方にも来ていただけるほど大盛況で、非常に評判が良かったです。
大垣特別支援学校とは、篠田さんがレーザーカッターや3Dプリンタを活用した教材の制作支援を行ってきた縁があり、協力をお願いしました。
学校に木材を加工する木工班があり、木工班の先生と生徒、卒業生と一緒にアートまるケットのスタンプラリーで使用するスタンプ台やスタンプ?のぼりなどを作成しました。
岐阜盲学校についても、篠田さんが行っている「教材自作部」の関わりで、同校の先生とともに制作された「音符カード」を使って日々練習し、その成果発表としてバンド演奏を行いました。20分くらいの短い時間でしたが、こちらも多くの反響がありました。
池田町障害福祉サービス事業所「ふれ愛の家」による「やさい de ミュージック?」は、篠田さんが開発した野菜を叩くと音が出る楽器を使用し、歌ったり踊ったり、絵を描いたりするパフォーマンスです。叩いた時に出る音は、あらかじめ「ふれ愛の家」で録音したもので、当日参加できないメンバーの何人かの声が入っていたりします。事前に試してもらった時、知っている人の声が出るとパフォーマーもテンションが上がるので、ガンガンと叩き続けたり、僕らの想像を超えるパフォーマンスになりました。でも、それが非常に面白いんです。本番では自分たちの出番が終わって、次の演目の子どもたちのダンスが始まっても、まだ隣で踊り続けていたり、本当に自由ですね。そういう固定観念に縛られていない姿に、僕らが見るべきものがあると感じました。アンケートでフィードバックをいただきましたが、やはりかなりインパクトがあったようです。
- 今後、「福祉の技術プロジェクト」でやってみたいことはありますか。
「ふれ愛の家」とはもう少し深く関わりを持ちたいと考えています。先ほど話した、彼らのパフォーマンスにいい意味で引っかかるところがあるので、それがもっと多くの人たちに伝わるといいなと考えています。
様々な視点からものづくりを考える経験は、世の中を生き抜く強みになる
- 学外では、福祉分野以外の共同研究も多数行っていると伺いました。
学生の時に名古屋工業大学で行っていた研究は、画像処理や感性情報処理がテーマでした。書道のシステムというのが当時所属していた研究室にあって、それを引き継ぐ形で改良していました。手書きで書くとにじみやかすれが生成されますが、これらを毛筆フォントに適用し自動生成させたシステムです。
IAMASに来てからも、オノマトペを用いた毛筆フォントデザインのなどの研究を名古屋工業大学や中京大学の先生と続けています。
これも福祉分野になるのですが、聴導犬ロボットの共同研究にも参加しています。聴導犬とは聴覚障害者に必要な情報を知らせる介助犬の一種です。しかし、聴導犬になるためには長い時間かけて難しい訓練をしなければならないため、2020年4月時点で日本全国で69頭しかいません。さらに、利用したくても動物アレルギーの方は同居できないという場合もあるので、聴導犬の代わりとなるロボットがあればいいのではないかというきっかけで始まりました。
僕はIAMASでの研究を通じて岐阜聾学校の先生などとつながりがあったので、現場の意見をまとるなど工学と福祉の両面の視点から意見を伝えるような役割を担っています。
- IAMASには幅広い領域の先生?学生がいますが、このような環境で研究をすることに、どのようなメリット面白さを感じていますか。
正直言うと、最初はかなり戸惑いましたね。
名工大時代の指導教員の紹介で、修了後は財団法人ソフトピアジャパンの研究員をしていました。IPv6などのネットワークの共同研究をしていた関係から、IAMASに来てからもシステム委員会に所属し、学内のインフラ整備を担当しています。
来てすぐの2006年に、とある新システムを導入した際、僕としては便利になったねと喜んでもらえると思っていたのですが、毎日見るものなのにインターフェイスが悪い、デザインが良くないので見たくないという厳しい意見が上がってきて、「そういう視点もあるんだ」と価値観が全く違うことに驚きました。
幅広い視点を持って導入しないと満足してもらえないし、使ってもらうことすら難しいという印象を受けましたね。
実際に社会に出てみると、色々な視点や価値観を持った人がいます。工学系の出身者は機能面を重視する傾向にありますが、ものづくりにおいては、当然ながら機能性もデザインもどちらも大事で、例えば文字にすべきなのか、アイコンにすべきなのか、それによってユーザーの満足度が変わってきます。
IAMASは多様な人がいる、ある意味で社会の縮図。そうした環境の中で、自分の固定観念を一度全部壊すような経験をしてみると、世の中を生き抜いていく上で、何かと強いのではないかと感じています。
- カルチャーショックを受けたご自身の経験を踏まえ、IAMASへ入学を希望する工学系の学生たちへメッセージはありますか。
工学部系の研究はつながりや積み重ねの上に成り立っているところがあります。一方、IAMASの研究の場合、積み重ねが必要のない研究もあるので、IAMASに来ると、「こういうこともできる」「ああいうこともできる」と興味関心が変わってしまう人もいます。可能性が広がる分、自分自身の軸足がどこにあるのか、自分をしっかりと保てるかが肝になると思います。大学での研究なり、自分自身が蓄積してきた実績は大事にしてほしいと思います。
山田晃嗣 / 准教授
愛知県出身。画像処理、画像認識の研究や、文字フォント等の感性情報処理の研究にも従事していた。その後IPv6などのネットワークに興味を持ち、ネットワークの使われ方や情報の共有のしかたに関する研究を行っている。また、最近は障がい者を技術的に支援をする研究にも取組み、ネットワークを活用した方法、タブレット端末を利用した方法など行っている。
インタビュアー?編集?撮影:山田智子