INTERVIEW 007 【後編】
GRADUATE
石塚千晃
アーティスト?株式会社ロフトワーク クリエイティブディレクター
「なぜバイオは遠いと感じるのか、毎日考えています」
BioClubのディレクターであり、バイオアーティストとしても活動する石塚千晃さんは、どのようなきっかけでバイオテクノロジーに興味を持ったのでしょうか。
そして、バイオアートに取り組む場として、なぜIAMASを選んだのでしょうか。
小林茂教授との濃密なトークは、気がつけば2時間半が経過していました。
生物の持つ“予測不可能性”に惹かれてバイオの世界へ
小林:時間を遡るのですが、そもそも石塚さんはなぜバイオに興味を持ったのですか?
石塚:私は多摩美術大学の情報デザイン学科芸術コースでサウンドアートを作っていたのですが、コンピュータープログラミングで音を作る学科だったので、基本的には楽器ではなく、コンピューターを使って音を生成していました。
コンピューターを手にしたらもっと自由に作品を作れると思っていたのに、実際は逆のことが起きて。自分のクリエイティビティが最終的に機械に集約されていることに窮屈さを感じてしまって、すごく好きだった音楽が嫌になっちゃったんですね。
その頃、藤幡正樹さんと銅金裕司さんの植物を歩かせるような作品「植物歩行訓練」を見ました。植物の生体電位の変化で歩行パターンが変化するのですが、その動きの予想不可能さがとてもおもしろかった。そうした予測不可能性を作るには、生物が持っている情報を使うのが手っ取り早いとすごくしっくりきて、植物に人が触るとノイズが派生するというサウンドインスタレーションを作りました。
小林:バイオというものに対して強い興味を持ったのは、それほど昔のことじゃないのですね。
石塚:そうですね、大学3、4年の頃です。でも子どもの頃からそういう素養はあったのかなと思います。4、5歳の頃、ふと「あれ、今私は何でここからこんな風に世界を覗いているんだろう」というような、えもいわれぬ不安に取り付かれることがあって。ちょっと危険な子どもですよね(笑)。でもその時の不安や怖かった思い出が、美大に入るきっかけだったりするんですよ。
小林:昔から持っていたものがあって、美大に入って、「やっぱり、これだ」と感じたと。
石塚:そうですね。私と同じように、「自分て何なんなんだろう」とか答えが出ないことを考える人たちって、美術と科学の研究領域にすごく多いんですよ。自分が表現することで落とし前をつけようとする人と、科学研究としてそれに答えようとする人。言語とアウトプットは違うだけで、美術と科学はすごくつながりがあると感じています。
小林:なるほどね。
石塚:先ほど話した、植物に触ると音が出るという作品は、どうしたら生命とコミュニケーションを取れるか、植物をどう理解したらいいかということをコンセプトに制作しました。でも作品を作ってみても、全く分からなかったんです。
それも当然の話で、植物の細胞は動物の細胞と全く違うとか、植物の基本的なところを全く知らなかったんですよね。それで植物について勉強しなきゃダメだなと思い、早稲田大学理工学部岩崎秀雄研究室に行って、植物の組織培養や、そもそも植物とは何かとか、植物が生命として持っているアビリティは何かということを生物学的に勉強し始めました。
小林:それはいつ頃のことですか?
石塚:その作品を作った後ですね。そのときは社会人をしていました。作品を作ってさらに植物への興味が大きくなったので、働きながら、壮大な趣味のような形で続けて、いつか新しい作品にしたいなと考えていました。
そうして生まれたのが、IAMASで作った、「野菜のニンジン」「野良ニンジン」「組織培養したニンジン」という3種類のニンジンの形態観察を行った作品「The Portrait of daucus carota」です。
IAMASはそれぞれが持つ熱量の相乗効果で、
底上げされていく生態系
小林:一度社会人になって、岩崎さんのところで勉強していた中で、IAMASを選んだのはなぜですか ?
石塚:多様さを求めて、ですかね。バイオアート的なことに取り組んでいる人が多く集まる場所へ行こうとは最初から考えていなかったですよね。バイオに限らず、0から1を作ろうとしている人に触れて、そこから刺激を受けたいと考えていました。IAMASは、みんなやっていることがバラバラなので、お互いのプロセスや戦略をそのまま参照し合うことはできないですが、それぞれが熱量や狂気を持っていて、それによって底上げされていく生態系のような感じがします。やる気ない人たちの中で、一人だけ熱量を持っていても士気が下がるじゃないですか。だから必ずしもメディアに興味がない人でも、IAMASという環境は使えると思いますね。
小林:周りのそういう人たちがたくさんいる中で、濃厚な2年間を過ごすのがいいんですかね。
石塚:そうだと思います。今BioClubに携わる中で、自分の作品を作るということの他に、もっと総意というか、私に似たような、他の人の作品も見たいなと思い始めているんです。
自分が見たい風景を、自分が小さくアートピースにして作るよりは、いろんな人がやりたいと思っている複雑なことを集めて複雑なことを起こせば、自分一人が小さなことを起こすよりもおもしろいものが見れるんじゃないかと。
例えば、去年の10月に開催したインド医療のワークショップは、小峰博生さんという日本人男性で最初のアーユルヴェーダ医師の方がこういうことをやってみたいと話しているのを聞いて、私もそれが具現化するところを見たいと思ったので、一緒にやることにしました。
小林:そういうことが次々出てくる状況になったらおもしろいですね。
石塚:そうなったら、単純に楽しいですよね。IAMASは、システム自体がそういうことが起こりやすいようになっていると思います。毎年多様な学生が入ってきて、それに対して多様な先生が用意されているから、ほっておいても無茶苦茶なことが起こるんですよね。誰もどうなるか予想できないし、だから毎年刺激的な学生が巣立っていくのだと思います。
小林:そうしたIAMASに対するイメージは、入学する前と入ってからでは変わりましたか?
石塚:入る前は、特に何も想像していませんでした。福原志保さんとゲオルグがアーティストインレジデンスで滞在していたことがあったので、「私たちみたいなのがいたような場所だから、変なところだよ」と聞いていたくらいですね。
あとは、おもしろいなと思うIAMASの卒業生を見て、IAMASってこういう場所なんだろうなあと感じていました。例えば、長谷川愛さん。イルカを生むとか言っている人が卒業しているこの学校、ヤバいなと(笑)。
小林:卒業生から、こんな感じなんだろうなと感じ取っていたんですね。
石塚:そうですね。そういう卒業生を生み出しているということは、“ヤバさ”に対して寛容さがあるということですよね。IAMASはバイオの施設もないし、バイオの先生もいないですが、そういう寛容さ、多様さを持っているなら、私のことも受け入れてくれるだろうという発想ですね。
小林:その話を聞きながら悩むところがあるんですけど、IAMASもこういうことが学べるところですと明確に打ち出せた方が、本当は分かりやすいんだろうなと。
石塚:そうです!BioClubもまさに同じ悩みです。こういうことが学べます、こういうことができる場所なんですとステイトメントに書いておいた方が楽なんですよね。
小林:でも、楽なんだけど、書いてしまうと、そういうことなのかと理解されて消費されてしまうところがある。分からないところがむしろ良いと言うか、特に今は自分からアクションを起こさないと存在も見つけられない状況になっていて、逆にそれがいいとも言える。すごく悩むところですね。
石塚:入口をどう設計するかは難しいですよね。BioClubでも色々試してみたんですよ。誰にでも分かるようにバイオをやってみようと子ども向けのワークショプをやってみたり、逆に最新のテクノロジーを学ぶ回をやろうとクリスパー?キャスナイン(生物の遺伝子を書き換える技術)を学ぶためのワークショップをやってみたり。あまり敷居を下げすぎちゃうとモチベーションが低くなるし、高すぎるとニッチな層だけになってしまう。BioClubのターゲットはちょうどその間というか、むしろ座っている人たちをどう立ち上がらせて、こちらに飛び越えさせるか。そのきっかけを作ることが大事になってくるのかなと思っています。
小林:「こちらに飛び越えさせる」という例えをしたと思うのですが、立ち上がって飛び込む先というのどこになるのですか?
石塚:うーん。飛び越えるということを説明するのは難しいのですが、その世界にコミットするという線引きだと思います。バイオは私たちの倫理観や人間の根源的な問いを考えざるをえないような強力なテクノロジーであるにもかかわらず、どう生み出されて、どう使われているかはブラックボックス。その状況に危機感を感じて、アクションしたいと思った時に受け皿になるのがBioClubになってくるのかなと思います。
小林:なるほどね。例えばAIなど、バイオに匹敵するようなテクノロジーはいくつか考えられますが、その中でもバイオは最もブラックボックス感が強いというか、遠い気がしますね。
石塚:なんで遠いと思ってしまうのか。今の私のテーマというか、毎日考えていますね。他の人よりバイオの知識がある私ですら、遠いと感じるし、同時に遠いままだとまずいなとも感じます。
私はライフワークとしてそういうことを考え続けていくと思うし、自分のアーティスト活動で作品を作る際には、それを外在化しようとするだろうし、BioClubでイベントをしたりする時も、そういう考えがなんとなく反映されてしまうんだろうなと思います。
取材:20180423 BioClub
編集?写真:山田智子