INTERVIEW 023 【後編】
GRADUATE
内田聖良
コンテンポラリーサーキットベンダー, 美術家/2014年修了
「余白」のおもしろさを様々なメディアで流通させる
IAMASでは「余白書店」を中心に「ポストインターネット社会の余白を使った表現」をテーマに研究を深めた内田聖良さん。
後編では、様々なメディアで展開している「余白書店」について語っていただきました。
制作を続けられる環境を求めて
前林:現在は秋田公立美術大学で助手をされていますね。
内田:はい。今は秋田公立美術大学でコミュニケーションデザイン専攻の助手をしています。
シルクスクリーンや、IllustratorやPhotoshopなどをつかった実技授業や式典などの学校行事の補助、授業?専攻運営に関わる事務作業が主な業務です。個別に学生の作品制作の相談に乗ったり、大判プリンタやレーザーカッターなどの機器使用についての指導、卒展や進級展の展示計画、設営のサポートもします。
前林:IAMAS卒業後の進路についてはどのように考えていましたか。また今は仕事と制作はどのようなバランスで行っていますか。
内田:卒業後は一時別のところに勤めていたのですが、そこは私にとっては自分の制作との両立が難しい環境でした。その頃ちょうど今の大学の募集を見つけて、既に助手として働いていたIAMASの同級生に相談しながら、応募することに決めました。自分の制作を続けながら生活もできて、自分の持っている知識が役に立てばいいなと考えました。
助手という立場ですが、研究者の一員として認められていて、研究費や研究者番号の割当もあり、日本の中では割としっかりとした待遇で迎えてもらえていると思います。また、自分の研究や制作活動が業務の一環として認められているため、業務のない時間は制作ができますし、リサーチや展示設営のために休みを取ることのできる制度もあるので、それは非常にありがたいです。
前林:そういう意味では、自分の制作をしたい人には良い環境と言えるかもしれませんね。
内田:そうですね。立場や所属によって多少変わりますが、制作するための場所や時間は確保できます。身近に制作している人もたくさんいますので、そういう方や学生と関わる中で学びや発見もあります。クライアントワークでキャリアを積みたい人には向いていませんが、自分でやりたいことがある人には良い環境だと思います。
「読者のストーリー」という新たな価値の発見
前林:現在のご自身の制作活動について聞かせてください。
「余白書店公開査定会@ABSラジオ」を聴きましたが、非常におもしろかったです。これは「余白書店」の最新の活動と捉えてよろしいですか。
内田:はい、そうです。
前林:現在の活動についてお聞きする前に、まずは「余白書店」について簡単に説明をお願いします。
内田:「余白書店」は、通常、価格が低いとされる書き込み、線、ヤケ、落丁、シミなどが付いた本を、読者のファブリケーションによってパーソナライズされ、読者のストーリーを感じる価値ある本「余白本」と逆説的に捉え、その価値を流通させるプロジェクトです。流通方法としては既存のサービスであるAmazonマーケットプレイスとTumblrを利用しています。「余白ネットワーク」のメンバーが障害者福祉施設「クリエイティブサポートレッツ」に勤務するようになった際、読んでいた本を施設の利用者さんがバラバラにして、1ページごとにアルファベットを色とりどりに書いてしまったことがあったんです。そのメンバーがSNS上でその本の写真を投稿したところから、こういう本を集めて売ったらおもしろいんじゃないかと発展し、その後メンバーで集まった際には、AmazonとTumblrを利用して出品するところまで出来上がっていました。私達としては、活動、という感じで、美術作品という意識はあまりなかったのですが、IAMASで話をしたら、「もっと商品を増やしてコンペに出してみたら」と興味を持ってもらえて、研究として取り組むことになりました。
前林:偶然生まれたものを起点として研究として深めていったということですね。
内田:そうですね。研究を進めていく中で、ネットアートであるとか、ハッキングであるとか、ブルセラっぽいから男がやってると思った、とか、SNSの書き込みより生々しい個人情報がパブリックに流通していることに改めて気付かされたなど、自分達では考えもしなかった様々な視点でコメントをもらい、ポスト?インターネット社会と呼ばれる情報環境があるからこそ、「印刷本の余白」が新鮮なメディアとして魅力に映る部分もあるのだと、私達自身も気付かされました。ただ、ハッキングは専門技術に特化した人がその力を使って権力構造を変容させるという印象があると思うのですが、それが自分がやっていることの説明としてはしっくりこなかったので、「サーキットベンディング」という言葉を今は使っています。
前林:これまでにどのようなおもしろい「手垢」がありましたか。
内田:著者の書いたテキスト以上に、読者の個性が感じられる本は面白いですよね。わかりやすいものだと、自己分析済みの自己分析本でしょうか。自分の特徴は賢いと書いているのに、その「賢い」という漢字が間違っているんですよね(笑)。また、面白いなと思うのは、ワークショップなどを通して他者に関わってもらうことで、作者である私自身も、新しい視点に出会うことです。たとえば、最初は、私自身、びっしり書き込みがある方が価値が高いと思い込んでいましたが、ワークショップをしてみたら、途中まではすごく線が引かれていたのに、それがあるページから突然途絶えていて「力尽きちゃったんだ」、とか「ここだけに執着しているのが面白い」とか、書き込みがなくなることに人間味を見出す見方もあるんだと学びました。個性を発見する視点を鍛えられる気がします。
前林:内田さんのメディアとの関わり方には独特の距離感を感じますが、販売の場としてAmazonマーケットプレイスを使ったのはなぜですか。
内田:どこで展開するかは少し議論になりましたが、既存の価値の序列(新品→傷がつくほど値段が下がる)という構造が一番わかりやすくデザインされているAmazonだとすぐに意見がまとまりました。自分たちでサイトを立ち上げるよりは、サイトスペシフィックな作品にしたほうが面白いという直感があったと思います。距離という意味では、最先端のメディアではなく、既に普及したメディアに目を向けるということを意識しているかもしれません。AmazonやYouTubeなど、ネットは毎日見ているし、既に街の風景のようなものになっていると思うんです。その辺りをフィールドにするのが私には合っていると考えています。
自分がおもしろいと思うことを追求するプロセスの中に、発表の場がある
前林:本からラジオというメディアに発展していったのには何かきっかけがあったのですか。
内田:きっかけとしては、昨年9月に秋田市文化創造館プレ事業として「秋田のまちに生まれた余白で実現したい企画を公募する」というコンペがあり、なんだか呼ばれている気がして(笑)、その頃モヤモヤと考えていたことを企画に起こし、余白書店の公開査定会をラジオで行うという企画にして応募しました。
「余白書店」は、賞を受賞したり、興味を持たれることはすごく多いのに、それが販売?購入という行為には結びつかなかったんです。これは何故なのかをずっと考えていて。この問に対する現時点での仮説は、見ず知らずの他人の生活の気配に対する人の欲求は、手に入れるのではなく、覗き見ることの方にある、なんですが、覗き見ることを考えた際に、印刷本というメディアのまとまりと、販売という手法の組み合わせでは限界があると考えるようになりました。それで今は、本の余白の面白さをより流通させるために、メディアの変換や抽象化といった操作を行うことを考えています。ラジオは、かなりプライベートをさらけ出した相談がされている番組があるなど、顔が見えないからこその親密性が生まれやすいメディアだと思います。本の書き込みも同様に、人に見られることを想定して書かれていないので、プライベートな内容が書き込まれていることがあります。そうした「プライベート感」を取り出して、余白の魅力を覗き見るような音声体験として、ラジオというメディアで展開できるのではないかと考えました。
前林:ラジオ以外にも、様々なメディアを利用して活動を広げていくことを考えているのでしょうか。
内田:Amazonに出品できなかった本を別の形で流通させるという意図で、様々な事情でAmazonに出品できなかった本をコメント付きで紹介した「余白本採集ミニ手帖 アマゾンのそと」というPDF形式のzineを作り、期間限定のダウンロード書店「TRANS BOOKS DOWNLOADs」で再流通させました。
また、3月には千葉市美術館で「余白書店」の本の中に隠された読者のストーリーを見つけて、「余白しおり」を制作するワークショップも開催します。しおりというメディアに「余白本」のおもしろさを抽出して、それを別の本に挟むことで、書き込みと出会った時と同じような、パラレルな体験ができるしかけ作りを試みます。
これまでワークショップに参加してくれた人から、本の買い方や読み方が変わった、子どもに書き込みを残すことで自分のストーリーを伝えられるのではないかと考えるようになった、と感想をもらったり、活動に興味を持っていただいた方に、物との関わり方を考えたり、個人の物語を大事にするということは、ウェル?ビーイングやSDGsとつなげて考えることができるのではないか、という意見を頂いているので、こうしたヒントを活かして今後展開していきたいです。
前林:まだまだ色々な展開が考えられそうですね。
内田:「余白書店」はネットアート的な視点から興味を持つ人と、個性的な古本屋としておもしろがってくれる人の2つの層があると感じています。その両輪をうまく回していけるような設計をしていきたいと思っています。
例えば、藤浩志さんの「かえっこ」は、子どもたちが遊ばなくなったおもちゃを別のおもちゃに交換して物の循環を促す仕組みを提供する作品ですが、いっぽう、交換されずに残ったおもちゃで彫刻やインスタレーション作品を制作し、「美術作品」に変換することでマーケットに再流通させるというサイクルも作られています。こうした、2つの流通のサイクルが歯車のように連動して動いていることはとても面白いと思っていて。私も、作品としての側面と、書店としての側面、両方のサイクルを回すことができないかと準備しているところです。
前林:展覧会などで発表する計画はありますか。
内田:これまでも展示する機会はあったのですが、もともとネットで展開していたものをリアルな空間で展示するときに、どうしても見た目には古本を並べているだけになってしまい、Amazonの方がおもしろいという矛盾に悩んでいました。
今年、ope体育_ope体育app|官网の感染拡大により、フィジカルな場を利用した展示という場が少なくなった一方で、オンラインフェスやダウンロード書店の企画など新たなメディアが生まれました。私も展示という選択肢がなくなったことで、フィジカルな空間に展開しなければという固定観念がリセットされて、表現が自由になった気がします。
展覧会というゴールに合わせて何かを作るのではなく、自分が大事にしているものが先にあって、そのおもしろみを展覧会に合わせて形にするというように優先順位を変えていかなければおもしろいものは作れないのではないかと考えを整理することができました。自分がおもしろいと思っていることを手や頭を動かして進めていくプロセスの中に、たまに発表があるという形にしていかなければならないと思ったので、それを実践していきたいです。
前林:それはとても重要な考え方ですね。機会を待つという姿勢だけではなく、機会がない状況だからこそ、積極的に自分から発信していくということも大切ですよね。内田さんの活動には継続性が感じられて、着々とやりたいことを進めています。いい意味での「しぶとさ」を感じながら話を聞きました。
取材: オンライン
編集:山田智子 / 写真:工藤恵美