INTERVIEW 024 【前編】
GRADUATE
高尾俊介
クリエイティブコーダー/2008年修了
デイリーコーディングから生まれたNFTアート作品
最新作のNFTアート作品「Generativemasks」が発売から数時間で1万個完売し、一躍時の人となった高尾俊介さんに、IAMAS在学中に主査を務めた前田真二郎教授が話を伺いました。「Generativemasks」はどのような経緯で生まれ、なぜこれほど高い評価を受けたのか。2回に分けて、じっくり語ってもらいました。
発売数時間で完売。「Generativemasks」はなぜ評価されたのか?
前田:8月に発表した作品「Generativemasks」が話題になっていますね。NFTマーケットプレイスで販売開始から数時間で1万もの数量が全て完売したとニュースで知って驚きました。売上高も記録的なもので、しかも作者がそれを全額寄付すると明言していたことも注目されました。
高尾:僕のやっていることに価値を感じて購入してくださる方は一定数いるとは思っていましたが、どれくらいの反響があるかは実際に蓋を開けてみなければわからなかったというのが正直なところで、自分自身でも完売時は大変驚きました。ある程度予測を立てて動いてるのですが、その後のプロジェクトの展開は想定を日々越えてくるので、毎日の状況の変化がとても新鮮です。
前田:今日は「Generativemasks」を中心に話を聞かせてください。まずは、どのような作品なのか紹介してもらえますか。
高尾:「Generativemasks」はクリエイティブコーディングの手法でコードから生成した1万種類の仮面のようなグラフィックと、グラフィックを生成するコードそれ自体を1つのアセットとしたトークンを、暗号資産を介したアートマーケット上で流通させている作品です。
前田:マスクのデザインが1万種類あるということですか。
高尾:マスクのグラフィックはシェイプとパターンの2つの要素の組み合わせでつくられています。マスクの輪郭の形をシェイプ、その中で左右対称に展開している図形の連続をパターンと呼んでいます。そのシェイプとパターンのセットが1万種類あります。さらにリロードするたびにランダムに配色が変わります。配色の基となるカラーパレットも29種類あるので、実質は29万種類以上のバリエーションの可能性を含んだグラフィックが流通するということになります。
前田:「Generativemasks」が支持された要因のひとつは、マスク自体が非常に魅力的だったことだと思います。マスクは顔を隠したり保護する用途がある一方で、装飾的でもあるという二重の意味をはらんだものですよね。そのグラフィックについては可愛くも見えるし、不気味でもある。色味も中間色が中心で、派手すぎず、かといって地味でもない。どちらとも取れる要素がいくつも散りばめられていることに気づきました。ジェネラティブ?アートのグラフィックは抽象的な作品が多い中で、人の顔に見えるマスクというモチーフはすごい発見だと思いました。これも抽象と具象の中間領域が扱われていると言えます。そのように考えていくと、マスクは、オンラインと現実世界を結ぶ中間領域の強力なシンボルなのだろうと考えるようになりました。このマスクというアイディアは長く温めていたものですか?
高尾:今回のマスクというモチーフに取り組むにあたって「これは発明だ」と思った瞬間がありました。
僕は毎日、日常の中で「スケッチ」と呼ばれるような短いコードを書いて、SNSなどでシェアする「デイリーコーディング」という活動を続けています。その活動の中でマスクのアイディアがじわじわと出来上がっていきました。
最初は左右対称に展開するドット絵のようなグラフィックをつくった時に、「インベーダーゲームのキャラクターみたいで面白い」と感じて、そこからドットの代わりに図形や文字にしてみたらどうだろうかと様々な試行錯誤を重ねて、アイディアを発展させていきました。本当の意味での「Generativemasks」の原型となるものが出来上がったのは、今年の4月頃に取り組んだスケッチだったと思います。それが出来た時は僕の中でのブレークスルーだったというか、これを何かの作品で使うべき時に使おうと考えるくらいの手応えは感じていました。最初の気づきから原型ができるまでは1年以上かかっていますね。
前田:なるほど。そういう積み重ねが作品の強度につながっていたのですね。
前田:「デイリーコーディング」についても聞かせてください。これはどのようなプロジェクトですか。
高尾:始めたのは2015年です。当時はIAMASで研究員として働いていたのですが、毎日日記を書くように、クリエイティブコーディングの手法に則ってスケッチを書くという活動を始めました。
クリエイティブコーディングは、ゲームやアプリケーションを開発するといった機能的なプログラミングではなく、表現を主軸に置くより自由なプログラミングのことです。それを日常生活に取り入れることを「デイリーコーディング」と定義しました。
高尾:実は「デイリーコーディング」は在学中に観た、前田先生の映像作品「日々」※1の影響をすごく受けているんです。前田先生や三輪(眞弘)先生が当時から取り組んでいた、ある種のアルゴリズムというか構造、ルールを設定する中で、自由に即興的に色々なことを展開していく方法を参照しています。
ただ、当初から「日々」のコーディング版をやろうと始めたわけではなく、あるとき同期の佐竹裕行くんから「デイリーコーディングは、完全にスタジオ2(タイムベースドメディア)※2のメソッドじゃん」と言われて、ハッとした感じでした。そう言われてより強く意識するようになって、もっと生活のノイズや自分が生きている上での感情をコードの中に反映していこう、コードを生活と混ぜていこうとアイディアを強めていきました。
前田:「デイリーコーディング」は本当に毎日、休みなく続けているのですか。
高尾:はい、毎日書いています。
前田:それはすごいですね。毎日続けるとなると、やはり何月何日につくったものという意味性が出てくると思うのですが、そこは意識して制作していますか。
高尾:例えば、終戦記念日というような、その日が持つ社会的な意味を反映する可能性もあるとは思うのですが、現状ではその日にあった生活の中の出来事や自分の感情、体調といったもう少しプライベートな部分で考えています。アベノマスクが届いた日に、布マスクにちょっとゴミがついているようなスケッチをつくったりしました。
NFTへの批評性を内包した、優れたメディアアート作品
前田:「デイリーコーディング」の活動から生まれたマスクのスケッチが「Generativemasks」の原型だったと先ほど聞きました。それをNFTアートとして発表することになった経緯を教えてください。
高尾:僕が所属しているクリエイティブコーディングのコミュニティ(Processing Community Japan)に、既にNFTで作品を発表されているアーティストがいて、その方から興味ありますかと声がかかりました。
僕としては、個人の活動の中で一番重要なのは「デイリーコーディング」なので、新たに何かをつくることは時間的なリソースを考えても難しいと思っていました。また、ビジネスの要素が入ってきてしまうと、コードに集中できなくなるのではないかと懸念もあったので、そこを寄付という形で切り分けることができれば、可能性があるかもしれないと伝えました。
前田:そうすると、最初から収益を寄付するという前提でのスタートだったのですね。
高尾:寄付という形を取ったのは、先ほど話した理由でビジネスを切り離したいという気持ちもありましたし、僕は今大学の教員をしているので、個人の収益になるということよりも、コミュニティに還元し、より多くのクリエイティブコーディングの活動が活発に起こるように投資したいと考えたからです。
前田:寄付については、NFTに対する批評性がソフトなかたちで打ち出された秀逸な高尾さんのアクションだと理解しました。僕自身は「Generativemasks」は優れたメディアアートだと考えています。現在、NFTアートは既存のデジタル作品をNFT化して売買することが主流ですが、この作品は、そのことを踏まえた上で、同時に1万種類販売することなど、NFTという場でどのような作品があり得るかについて考えてつくられた、ある意味でメタ的な視座を内在した作品といえるのではないでしょうか。
高尾:今回、日々のコーディングで所作として取り組んでいる「プログラムの実行可能状態を維持しながら、当意即妙にコードを書き換えていく」アプローチは、今回プロジェクトで僕の活動指針として大いに手がかりになっています。流動性が高く刻一刻と変わっていく状況を読み解いて、書き換える。それはジェネラティブアートの作品を丁寧につくっているというよりは、ライブコーディングをしている感覚に非常に近い。それが活動を支えてくれるコミュニティと根っこの部分でつながるのはとても自然な帰結だと思っています。
前田:作品の改変可能性をクリエイティブコーディングのコミュニティと結びつけることで、デジタル作品における非物質性を強調させていることは興味深いです。また、メタバースへの展開や、オンラインだけで完結しない「写真集」「木彫りのマスクの制作」といった拡がりを、作者が未来の計画として明示していたことも重要な点だと感じました。誰もが「Generativemasks」はプロジェクト型の作品だと直感したはずです。優れたメディアアートだと考えたのは、このようなことからです。
高尾:非常に光栄です。
前田:「Generativemasks」をメディアアートの作品としてつくるという意図は最初から持っていたのですか。
高尾:僕がメディアアート作品をつくっているのではと本当の意味で自覚したのは、まさに販売を開始した直後からでした。もちろん、プロジェクトの構想段階のディスカションでは、ハック的な考え方というか、社会におけるNFTの受け止められ方自体を変えるような視点を持って制作はしていましたが、それも作品が順調に購入され、流通する状況ができないと思惑が外れてしまいます。基本的なコンセプト部分はある程度固まっている一方で、日々のコーディングで書きながら考えるように、状況に対応するように進めている部分がありました。
前田:NFTアートとして作品を発表して、その全てが完売して、今もその出来事の真っ只中にいると思うのですが、あらためて、NFTアートの可能性について教えてください。
高尾:メディアアートにおいて「デジタルでつくった制作物をいか
評価経済と僕の目指す「日常とコードを結びつける」活動は一見相
※1 前田真二郎監督作品「日々”hibi”13 full moons」(2005年)は、2004年の元旦から1日15秒のカットを366日間繋げて作られた約90分の作品。撮影する時間帯は月の運行周期によって決定されていた。
※2 高尾俊介さんが在学していた2006、07年度のope体育_ope体育app|官网メディア表現研究科は、研究領域ごとに5つのスタジオが設置されていた。三輪眞弘教授と前田真二郎准教授が担当していたスタジオ2には、音楽や映像表現を中心としたアーティスト志向の学生が多く所属していた。
取材: 2021/08/26 オンライン
編集?写真: 山田智子